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【ペットの話、戦争の話】泣けるコピペを貼っていく

Hiroshima_aftermath
287: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:24:42.76 ID:GUwiiBns0.net

5年位前の話

飼ってたネコが死んだ。
超がつくほど溺愛してた。
自分よりネコの方が大切なくらい可愛がってた。
親はたまにネコを叱るけど、俺は叱ることも、もちろん叩いたことなんてなかった。

でも、一度だけ大きな声を出してしまったことがある。
それはドラマを見ている時で、ちょうど良い感じの盛り上がるところ
そこで、ネコがしつこく鳴いて外に出たがった。
だから俺はつい「うるさい!!!」って言ってさっさと外に出した。
その一度だけ。

翌日、学校から帰ってきたらネコが死んでた。
死ぬ前に言った言葉が「うるさい」だなんて泣きたくなった。
あの時、死ぬ姿をオレに見せたくなかったから外に出たがったのだろうか。
ネコに言った最初で最後の不満の言葉。
しばらくは立ち直れなかった。

でもある日、夢にそのネコが出てきて、俺の足に体をすり寄せてきた。
まるで、怒ってないよと言ってくれてるように。
夢から覚めて思った。
「あぁ、この夢は俺の願望なんだろう」と
俺は、それでも涙が止まらなかった。
サイト内前記事:【友情の話、恋愛の話】泣けるコピペを貼っていく

サイト内後記事:【物の話、病気の話】泣けるコピペを貼っていく

引用元: 暇なので泣けるコピペを貼って行く




288: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:29:25.61 ID:GUwiiBns0.net

俺と18年間過ごした雑種犬。

言うことも聞かないし犬らしいリアクションも少なく、
ただただ所定の場所に座り行き交う人を睨みつける。
当時は本当に不安になって獣医に耳が聞こえてるか検査に連れて行ったくらい。


愛嬌というものが皆無でお手やおすわりも覚えなかった。
ムカつく犬だったなー。「ムサシ!」って読んでもシカト。
「おい!」って軽く小突いてもシカト。
散歩とメシの時は目を合わせずに尻尾だけ振ってるし。

だからあいつが病気になって入院した時はスゲー不安だった。
痛がったり苦しがったりのリアクションを先生にわかるかな?とか
辛くても空中睨みつけるだけで我慢してんじゃないのかな?とか考えてたら眠れなかった。
病気のせいで記憶障害起こしてる可能性があるって医者から聞いた時、目の前が真っ暗になったよ。
生まれた時から一緒だった俺の事も忘れてんのかなって思うと怖くて仕方がなかった。

もう助からないってわかって、せめて最後は自宅でゆっくりさせてやろうって事になって、
俺が病院まで迎えに行った。
おそるおそるムサシの檻に近づいて、
我ながら頼りねーって思うくらい情けない声で「ムサシ…」って呼んでみた。

そしたらさ、横になってゼェゼェしてたムサシがゆっくり体を起こしてくれたんだよな。
それだけじゃなくて、俺の方に近づいて声にならない声で、口パクだったけど「ワン」って吠えてくれた。

もう今まで堪えてた涙がそこで一気に溢れた。
ムサシに泣かされたのはそれがはじめてだった。

それから3日くらいでムサシは息をひきとった。
ホントムカつく犬だったなー。学校の同級生にも親にもあんなに泣かされた事ないっての。
俺のはじめての友達で兄弟だった。


289: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:29:51.05 ID:GUwiiBns0.net

昨日、念願の車を購入した。その足で実家に帰って両親に車をお披露目。

両親は喜んでくれたが、なにか釈然としない気持ちが高ぶっている。


そして思い出す。
オレが7歳の頃にその犬はやってきた。名前はロッキーという。
真っ白いフワフワの毛。垂れた耳と目が人なつこさを表していた。
それからは毎日が一緒だった。オレが母親に怒られると、ロッキーのいる、
玄関にゴハンを持っていって一緒に食べる。悔しくてオレが泣き出すと
不安そうな顔をしながらも、あふれる大粒の涙をペロペロ舐めてくれた。

オレがいうのもなんだが、頭の良い犬だった。知っている人には絶対吠えないし、
知らないセールスの人が勝手に家に入ってくると必ず吠えた。
オレは頭が悪かったが、なんだか出来のいい弟をもった気分だったよ。

車が好きな犬だった。毎年夏には一緒にキャンプへ行った。窓ガラスから
ずっと顔を出していた。高速道路で顔が変形するくらいに風に立ち向かっていた
姿に家族全員が笑った。すごく幸せで楽しかった。
それから16年が過ぎたとき、その日はやってきた。オレが社会人になって
ようやく会社にも慣れてきたころだった。ロッキーに死期が近いことも知っていた。
体中にガンが転移して、毎日苦しそうな声を上げていた。お医者さんも
手の施しようがなかった。十分長生きしてるけど、それでもやりきれない。
ある日、母親から会社にいるオレに電話がかかってきた。「苦しそうにしていて
耐えられない。これから安楽死させようと思う。おまえの了解が欲しい」と。

ロッキーの鳴き声が頭の中で響き出す。その頃になると、夜中でも朝でも泣いていた。
泣き出すと頭を撫でにいった。すると落ち着いてまた眠り出す。だが、それも
限界だった。オレは母親に「いいよ。楽にさせてあげて」と言って、電話を切り、
会社で泣いた。泣くのが落ち着いた頃、また母親から電話があった。

「お医者さんのところに連れていくまえに、体を洗ってあげようと思って、
洗ってあげていたら気持ちよさそうにしてたのよ。石鹸を手に取ろうと
目を離して次に見ると、天国へね、逝ってたのよ。最期は何も泣かずに
おとなしく、静かに...」「きっとお医者さんのところで、死ぬなんて
嫌だったんだろうね...このウチで、最期...」それ以上は、母親も
言葉を続けられなかった。そしてオレも言葉にならない言葉で、
「ありがとう」といって、電話を切った。そしてまた会社で泣いた。
ロッキーとの約束を、ハッキリと思い出す。「オレが大人になって車の
免許を取ったら、乗せてやる。真っ先に乗せてやるからな。」

今、オレの車は、ロッキーがつけていた首輪を乗せて走っている。


290: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:31:34.69 ID:GUwiiBns0.net

孤独な1人夜勤の俺。
いつも夜中3時くらいに、猫エサ缶とコーヒーを買っていくおっちゃんがいる。

おっちゃんが、
「うちの猫はこれしか食べないんだよ。」
なんて言ってくれたりして、猫好きな俺はいつも癒されてた。
初めて会話してから半年くらいたったある日、レジに来たおっちゃんの買い物カゴの中に猫エサ缶が無かった。
俺はどうしたのかと思って何も言えず、コーヒーをスキャンした。
するとおっちゃんが笑顔でポケットから写真を取り出して言った。
「いつもありがと。これうちの。」
年老いた感じの痩せた猫だった。
死んでしまったらしい。
「もうエサは買わなくて済むわな」
なんて笑いながら言っていた。

俺は泣いたよ。


291: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:32:15.44 ID:GUwiiBns0.net

車にはねられたのか知らんが、死にそうな黒ネコ見かけたから
せめてと思って家で手当てしてやった事がある。

2日くらいして起き上がってこれるようになったけど
触ろうとするとフーッって威嚇して唸る。
可愛げの無い野良だった。

次の日いなくなった。
どっかから出て行ったのか?

その次の日、そいつが庭先で死んでた。
口元には死んだカエルが転がってた。

お礼のつもりだったのか?
それとも借りは返すって事なのか?

怪我した体じゃ、カエル狩るのが精一杯だったんだろう。
無茶しやがって。
最後まで誇り高い奴だった。

さすがに泣いた…


292: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:32:50.48 ID:GUwiiBns0.net

昨夜徹夜するつもりだったから夜食にチキンパイを作った。

鶏肉と野菜をよくよく煮込んでやわらかくしたのを粗く潰し
固めに作ったホワイトソースとあわせたところで
早く冷まそうと思って鍋に蓋して外の洗濯機の上に置いておいた。

しかし皮を伸して型に敷いて、中身を取りに出てみたらなんと
小さいぬこさんが二匹、鍋にぴっとり張り付いている。

私と目が合ったらたたたっと逃げて行ってしまわれたがな。

で、私はてっきりチキンの匂いに惹かれたのかと思ったけど
鍋がまだほんのりぬくかったところを見るとどうやら鍋で暖を取っていたらしい。

また来てくれるかどうかわからなかったが、とりあえずペットボトルにお湯を入れてタオルで包んで洗濯機に乗せておいた。
今朝行ってみたら毛だらけだったから、どうやら使ってくれたらしい。
なんかちょっと嬉しかった。


293: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:33:26.83 ID:GUwiiBns0.net

33: 10/28 22:22
家族が亡くなったあと突然外飼いの犬が家に入りたがって入れてやったら一部屋ひとへや確認するんだって。どこかにいると思ったのかなあ。自分の犬が亡くなった後隣家の犬が同じようにやってきたのも犬猫板で読んだよ。
喪家の犬という言葉があるくらいだから、犬にはほんとに堪えるんだね。

37: 10/29 00:49
それ、うちの実家の犬もやってた・・・(つД⊂)
父が亡くなった時、悪くなってからお通夜お葬式が済む数日間獣医さんに預かってもらってたんだ。だから出棺する様子も見ていないのがよくなかったのか、決して縁側から室内には上がらない行儀のいい犬だったのに、(入りたいというそぶりもみせたことなかった)
「入れてください・・・」って感じでずっと待ってた。
足拭いてやったら、家中くまなく回ったよ。10日ほど続けてあきらめた。

不思議なのは、入院中は一度もそんなことやらなかったこと。いつかは戻ってくる入院と、二度とは戻らない旅立ちの違いをどこで感じていたんだろう。


294: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:35:41.65 ID:GUwiiBns0.net

小さい頃、うちには慣れてたインコがいたんだけど、父が新しいインコ貰ってきた。そいつは人間で言う障害者、まともに歩けないし、餌もうまく食えなかった。泣き方もおかしかった。
もともといるインコにいじめられないか心配で、かごも別にしてたんだけど、ある日弱いほうのインコをかごから出して遊んでたら、もう一匹も出てきた。
まっすぐに弱いインコのとこに飛んでって、毛づくろいしてやってた・・・
それからかごも一緒にしたら、本当の(人間のような)親子状態。くちからくちに餌をあげてたり、多分転ばないようになんだろうけど弱いほうの尻尾をくわえて歩かせてたり・・・
結局半年くらいで弱いほうが死んじゃったんだけど、その時もう一匹はずーと死んだやつの毛づくろいしてた。死後硬直で硬くなってんのに、それでもずーっとやってた。

長文ゴメン。でも、いまだにたまにそれを思い出す。


295: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:36:09.75 ID:GUwiiBns0.net

288: 09/07 13:09
自分の話で申し訳ない

昨日の話
コンビニでバイトしてるんだが、迷い小ガモが店の前でよたよたしてたんだ。
お客さんが連れてきて、どうすんべと小一時間。とりあえずシンクに水はって泳がせてみた。
超アイドル、お前今この瞬間まさにアイドル、なんてったってアイドル。
お客さん大喜び。怒られてもにこにこしてた私キモス。店長も怒りながらほっぺたプルプルしてた。なぜなら小ガモがシンクから顔だけ出してこっちを見ていたからだ。

すごいなごんだ。小ガモはさっき飼い主の元に届けてきた。ばいばい小ガモ。ちょっと泣いた。

442: 09/12 13:27
空気すら読まずに288のカモ話の続きをしてやる!

カモかえしにいったのよ。今夜は離さないダンシントゥナイ!とか思いながら渋々行ったのよ。迷いガモの張り紙見ちゃったら仕方ないわ、カモそんなに迷わない。
そしたら道の向こうから4歳くらいの女の子が「あんまん!」とか言いながら走ってくんの。もうすごいあんまん、とんでもねぇ夏だよ。何があんまんか。
私の腕の中でじっとしてた小ガモが、あんまんに大反応。
もうね、あれが本当の感動の再会。私マジ無視、にちゃんでもこんなスルーされた事ない。
さらに優しそうな奥さんが出てきて「あーんまーん!」とか叫ぶの。事情説明したら、奥さんが嬉しそうに「この子あんまんていうの!」とか小ガモ自慢。お前こんな幸せな家に居るのに何家出してんだよ。
女の子泣いて喜んでるよ、ほんとお前悪ガモだな!

帰り道ちょっと寂しくて泣いたけど、後悔はしていない。小ガモのあんまん、幸せにな!超幸せにな!
さー今日もバイトがんばるぞー!そして再就職すんぞー!


296: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:36:54.31 ID:GUwiiBns0.net

270: 09/07 20:47
昔うちで飼っていた風有(ふゆ)を思い出しました。
初冬の、風の強い日に拾った猫でした。足に大怪我してて、ガリガリで、汚れてて…とても見捨てる事が出来なかった。
先の飼い猫が亡くなってから、父が『もう悲しいお別れは嫌だから飼いたくない』と言っていたのを思い出し一瞬戸惑ったが、強行突破しよう!と、着ていた服で抱き抱えて動物病院へ。処置をしてもらい、恐る恐る家に連れて帰った。
玄関で父とにらめっこ。
ため息とともに『ご飯の前に体拭いてやんなさい』『おまえが世話するんだぞ?父さんは知らないよ?』

…と言っていたのは最初だけで(笑)
寝るのはかならず父と。外に出るときは父の自転車の籠にクッション付。お風呂にも一緒。いつでも一緒。私は正直妬けました(-ω-;)
そんな蜜月を何年か過ごし、父が病に倒れ、半年後、帰らぬ人となりました。
葬儀の後、風有は毎日仏間にいました。夜は父の部屋で、淋しそうに寝ました。何度私が自分の部屋に招いても、父を探すように、父の部屋に戻ってしまうのです。
そして四十九日の法要後、風有は父の傍に行ってしまいました。
うちの方では、亡くなった人は四十九日の間は家にいて、法要後家を離れると言われてまして…
寂しがり屋の父だから我儘言って、風有を連れていったんだねって兄と話しました。
今でも毎年風の強い寒い日は、風有を思い出します。お父さんと仲良くしてるかな…


297: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:37:26.15 ID:GUwiiBns0.net

207: 05/31 23:31
今日雛が巣から落っこちてて、目の前の大通りを車に轢かれずにかろうじて渡りきったとこで力尽きてますた。
親ツバメがきゅーいきゅーい悲痛な泣き声をあげていた。
これも自然のさだめ、と本当はほっとかないといけないと思ったけど気がついたら雛を両手でくるんでた。
普通、雛どころか巣を見上げただけでもスズメとかだと「じじじじじ」とか警戒音出すんだけどツバメは一切鳴かずに「巣はここですー」って感じに巣の周りを旋回して誘導してくれた。
さすがに高所なので近くの煙草屋にて吸わないタバコ1カートン買うついでに
梯子を貸してもらったw
巣からは別の雛がこっちを心配そうに覗いていた。
雛を巣に戻してその場を立ち去ったんだけど、親ツバメが自転車で去る漏れを追いかけ続けていた。
なんかいい事があるかと思ってその足でスロット打ちに行ったら10万負けた。
きっと彼らは恩返しで「行っちゃだめだ行っちゃだめだ」と忠告してくれてたのだろうw


298: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:38:36.66 ID:GUwiiBns0.net

数年前に死んでしまった犬のロッキー。
中学生だった私はじぶんが飼いたいと
いいlはじめたのに散歩がめんどくさく
ていっつもダッシュではしって終わりに
してた。死ぬ2ヶ月くらい前、ロッキー
がひっぱっても走ってくれないから反抗してるのかと思って散歩綱でおもいっきり
引きずりまわしてしまった。そのあとし
ばらくしてフィラリアだと分かったけど
もう手遅れだった。かわいそうなことした。でもロッキーのおかげで夢だった獣医学部にうかったよロッキー


299: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:40:05.77 ID:GUwiiBns0.net

父が棺おけに入った夜。
家族だけの最後の夜。
棺おけの上にみぃは乗り、一生懸命父の顔の見える扉を開けようとしていた。
砂を掘るように一生懸命あけようとしていた。
母と私はそれをとめなかった。本当に一晩中みぃは必死だったのだ。
私達は泣いた。猫にも最後のと分かるのだ。まだ私達は信じられなかった。

父がお骨になった日。
もう一生父の顔を見れなくなったあの日。
みぃはいなくなった。一緒に行ったのだろう。
母も私のみぃを探さなかった。
父も寂しいのだろう。みぃはついていったのだろう。

「いつも俺の後をついてくるんだぞ。俺の護衛なんだ。」
そういっていた父の言葉を思いだした。
本当にそうだった。
本当は私達もついていきたいくらいだった。
その変わりみぃがついていってくれた。

父の49日、猫が迷い込んできた。
みぃは女の子だったけど、男の子の猫だった。
ずっとうちの前で泣いていた。その猫をどうしてもほっておけなかった。
今もうちにいる。

そういう繋がり。大切にしていきたい。
いつまでも、その姿なくとも、何か別の形でそばにいてくれると信じている。


301: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:40:34.34 ID:GUwiiBns0.net

昔っても結構最近、猫の子供をもらった。
名前は雄なのに「さくら」あまりの愛くるしさに毎日毎日溺愛した。
そんな日々が続いたある日、さくらの様子がおかしかった。急いで病院に連れていったら入院が必要と言われた。

見舞いにも行けず心配してたら三日後に、もうもたないから家に連れてかえってほしいと言われた。

病院とはかなりの距離があったが必死に車を走らせた。

さくらはすごい弱ってた。車に乗せてる途中も咳をずっとしてた。

ようやく家についた途端、安心したのかすぐにさくらは倒れた。俺が必死の思いで撫でたら一言「にゃーご」って鳴いたすぐに痙攣起こして死んだ。

家に着くまでは死んでも死にきれなかったんだろう。本当に安心したように死んだ。

その日俺は祖父が死んでも泣かなかったのに声をあげて泣いた。

あの日から心に穴が開いたみたいな感じだけど、たまに家に帰ったらさくらがいるような感覚にとらわれる。


300: 名も無き被検体774号+@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:40:20.29 ID:gLATjxZu0.net

見てるお
がんばってね


302: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:41:00.26 ID:GUwiiBns0.net

>>300
ありがとうございますm(_ _)m
頑張ります!!

小学校の頃、クラスの友人が手から血を流していたのでティッシュを渡してあげた。
どうしたんだ?と聞いた所、ムカつく猫がいたので捕まえて水の入ったポリバケツに放り込んだ際に引っかかれた。との事。
彼は捕まえたその状況をさも誇らしげに武勇伝の如くクラスの仲間に話し、
仲間数人で猫がどうなったかを今から見に行こう。って事になった。
現場に着くと、前日迄の雨で半分ほど水の入った業務用のポリバケツの中で、
体の半分以上が水に浸かり、小刻みに震える弱々しい子猫が今にも死にそうにしてた。
友人がバケツを足で蹴り倒し取り出した猫に「こいつ爆竹の刑にしない?」
と笑いながら皆に言った瞬間、普段温厚な自分の中で何かがはじけ、
気がつくと俺は落ちているポリバケツを拾い、思いっきりそいつの頭に投げつけてました。
更に、そばの用水路にそいつを蹴り落とす暴挙までやってしまった。
あっけにとられる他の友人達と、腰まで用水路に浸かり半泣きのそいつに
「お前、そこから上がったら爆竹の刑だから」と言い放つと、
弱って震える子猫を体操服でくるみ、自宅に連れ帰りました。
翌日、そいつが用水路に落ちた際に足を怪我してた事が判り、担任や親からしこたま絞り上げられ、
そいつの3歳上の兄貴からも帰り道で待ち伏せに合い殴られた。
クラスでは浮いてしまうし、猫一匹の為にさんざんな目にあってしまった。


あれから12年。
トムという名前を付けたその家族(猫)は、俺の布団の上でまるくなって息を引き取った。
猫で12年生きれば大往生だったと思う。
俺は固く冷たくなったトムに「おつかれさま」とタオルをかけてやると、
トムがいつも登っていた庭の桜の樹のそばに、丁重に埋めてあげました。
最初は人間不信で警戒しまくりだったトム。
最後は人間が大好きになってたトム。
そしてトムが大好きだった俺。
毎年春が近づくと近所の桜よりも一足早く、トムの桜が花を咲かせます。
そのたび幼き自分が勇気を出して行った行動を誇りに思う


303: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:42:19.91 ID:GUwiiBns0.net

11年間飼ってた愛犬がなくなった。

死ぬ前の半年間、自分はろくに家に帰ってなくて、 世話もほとんどしなかった。その間にどんどん衰えてたのに、あまり見ることも触ることもなく、その日を迎えてしまった。

前日の夜に、もう私とはほとんど会話がなくなっていた母が、兄と一緒に私の部屋にきて「もう、動かなくなって、息だけしてるの。目も、開いたままとじれない。 最後だから、お別れしてきなさい。」と泣きながら言ってきた。

そこまでだったなんて知らなくて、びっくりして下に下りていったら、コタツに横たわってた。ほんとに息だけしかしてなくて、だんだん息も弱くなってるのがわかった。

怒りっぽい犬で、触るだけで唸るのに、その日は、なにも反応がなかった。母と兄と、3人で、泣きながら朝まで見守った。

結局次の日、単身赴任の父が帰ってきてすぐ息を引き取った。父のことが大好きだったから、きっと待ってたんだと思う。家族全員そろうのを待ってたんだな。って思う。


死ぬ間際に飲んだ水はすごくおいしかったよね。幸せだったよね。なによりも、本当にろくに家に帰らず遊んでばかりいて、あなたの世話をしていなかったことを悔やんでる。

父も母も兄も泣きじゃくる中、あたしは後悔ばかりが心に残って、 あまり泣くことも出来なかった。おまえが死んでから、おかあさんとも会話するようになったよ。

今まで、おかあさんの話し相手はおまえだったもんね。おまえのおかげで自分がどんなに親を悲しませてたかわかった。犬にまであたしのこと相談するくらい、おかあさん悩んでたんだね。おまえが死んでふさぎがちだった母も最近元気になったよ。安心して眠ってね。

昨日、死んでから初めてあなたの夢を見ました。

朝起きて、泣きました。
ほんとうにありがとう。ばいばい。


304: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:43:22.89 ID:GUwiiBns0.net

父が可愛がっていた猫は、茶トラのメスだった。
海辺の空き地に捨てられていて、4匹拾ったうちの一匹だった。
あとの3匹は、残念ながら死んでしまった。

ミーと名付けられた彼女は、すくすくすくと育った。
猫嫌いだった父が、ミーよ、ミーよと呼ぶ。
鈴をチリチリ言わせて走りよるミー。

子供も産み育て、その子がまた子を産みと、曾孫まで生まれたあと、
彼女は病気になってしまった。
足先手先が麻痺をして、歩けなくなった。

時間が来たらトイレへ、ご飯へと彼女の世話をしたのは父だ。
ミーよ、ミーよと呼んでも、あの鈴の音は鳴らなくなった。
近所の獣医、大学病院、都内の有名な病院で検査をしてもらった。
けれど、原因がわからなかった。

秋の始め、彼女はひっそりと押し入れの奥で亡くなった。
庭先の紅葉の木の下に埋めた。

ミーよ、父が呼ぶ。
縁側に続く廊下の向こうから、チリチリと微かに鈴の音が聞こえた。
それだけでも怖いやら悲しいやらなのに、父が、
「ああ、ようやっと歩けるねえ」
と嬉しそうに言ったので、私は我慢できずに泣きました。


ミーちゃん

お父さんがそちらに行ったと思うけど、
無事会えたかな?
お父さんも膝を悪くしちゃったので、温めてあげてね。


305: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:43:52.07 ID:GUwiiBns0.net

自分が幼稚園行ってた頃、母親の実家に黒猫がいた。
黒猫は近所一帯を取り仕切るボスで頭が良かった。
でも玄関に犬がいる時は外に出られないから抱っこして外に出してやってた。
幼稚園児だから抱っこというより引きずってたけど(笑)

実家を離れてしばらくしてから、黒猫が老衰で危ないと連絡があった。
母親と駆け付けたらテーブルの下に横たわっていて、
話し掛けたら、首を縦に振って返事するんだ。

ごめんねで、うなづいて、
淋しかったねで、うなづいて。
母親ががんばれと言うと、涙こぼした。

その晩亡くなった。
あれから何匹か猫飼ったけど、あの中に生まれ変わった黒はいたのかな。
一度、大学時代にバイト先で
「見える」人に「黒猫がいる…」って言われたことがある。

昨年、黒白猫を亡くして、今は三毛猫だけ。
自分自身が入院と手術を控えていて黒猫のこと書いておこうと思った。


306: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:44:31.92 ID:GUwiiBns0.net

この間、バスに乗っていて見た風景。

渋滞してて正直暇だった。
何気なく外を見ていると、あるお宅の庭で食事中の真っ白い犬を発見。
ハスキーあたりを純白にした感じ。大きな犬で、一瞬狼に見えた。
綺麗だなぁかっこいいなぁと釘付けになっていたら、
ご飯に夢中だった狼犬がぱっと振り向いた。

狼犬の視線の先を辿ると何かちっさい毛玉が…ん?
よく見たら三毛の子猫。
捨てられたのかガリガリに痩せてて、
どうも狼犬のご飯に釣られたらしかった。

二匹は物凄い体格差なわけで、当然子猫はびくついてる。
でも目の前にはご飯。
ご飯の前には氷山の如くそびえる白い巨体・狼犬が。

挙動不審な子猫を見つめていた狼犬、
見兼ねたのかゆっくりした動きでご飯から離れて
そっぽ向いて寝そべった。

狼犬「もうお腹ふくれたよー全然見てないよー(`・ω・´)」
子猫「!?寝ちゃったの?食べていいの?罠なの!?でもご飯…(*゚∀゚*)」

そんな感じで誘惑に勝てなかった子猫、
ご飯に突進し、一度食べ始めたら無我夢中でがっついてた。

それをこっそり横目で見てる狼犬が
「たんとお食べ(*´∀`*)」みたいな優しい顔して、
物凄い勢いで和むと同時に、何だか泣きそうになってしまった。

ふと気付いたら飼い主さんとおぼしき男の人まで
お家の中から窓越しに(*´∀`*)な顔で
二匹を見てたし。

子猫にも幸せフラグの予感と共に、バスはようやく走り出しましたとさ。
たまには渋滞も悪くない。


307: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:46:25.78 ID:GUwiiBns0.net

実は以前、
捨てられた子犬を拾った、大雨の日。
マックロな子犬@ヨロヨロ

獣医に連れて行って治療、そしてカンビョウ
で、死んだ。庭に埋めた。
生まれ変わったならウチにおいでと思いながら。

ある日、手のひらに乗る様な捨て猫を見つけた。
段ボール猫。
なんか、自分を見てる。
試しにマックロな子犬@ヨロヨロに付けるはずだった名前を呼んだ。
そしたら、ニャアーだって。

お帰り。


308: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:46:50.25 ID:GUwiiBns0.net

8年程前に飼ってた犬が死んだんだけど、その時の話。

その犬は庭で飼ってたんだが、以前一度具合が悪くなった時に
外じゃ寒いと思って、玄関に入れてあげたんだ。

その時の喜びようといったら、ションベンもらしながら
跳ね回って、あちこちに足だの顔だのぶつける始末。
それ以来、危ないんで家の中には入れないようにしてたんだ。

でも、下半身が麻痺しちゃう病気にかかって
(犬種によってかかる可能性がある特殊な病気らすい)
死ぬ事が分かった時、家の中に入れてやったんだよね。

ところが喜びもせずに、玄関の扉を見て俺の方を見ないんだよ。
ずっと家の中にいる家族に、背を向けてるのよ。

多分俺達家族に自分の死ぬとこ見せたくなかったんだろうね。
自分が死ぬ事を分かっていたんだろうね。
象の墓場の話、あれに似た感じかなと思ったよ。

自分の死を自覚しているんだろうから、
寂しかっただろうし甘えたかっただろう。
しかし、野生なのか奴なりのプライドなのか。
奴の気丈な姿を見たときに号泣というか嗚咽というか。
ボロボロになったな。

たいした話でもない上に、長文すまそ。


309: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:47:39.10 ID:GUwiiBns0.net

8年程前に飼ってた犬が死んだんだけど、その時の話。

その犬は庭で飼ってたんだが、以前一度具合が悪くなった時に
外じゃ寒いと思って、玄関に入れてあげたんだ。

その時の喜びようといったら、ションベンもらしながら
跳ね回って、あちこちに足だの顔だのぶつける始末。
それ以来、危ないんで家の中には入れないようにしてたんだ。

でも、下半身が麻痺しちゃう病気にかかって
(犬種によってかかる可能性がある特殊な病気らすい)
死ぬ事が分かった時、家の中に入れてやったんだよね。

ところが喜びもせずに、玄関の扉を見て俺の方を見ないんだよ。
ずっと家の中にいる家族に、背を向けてるのよ。

多分俺達家族に自分の死ぬとこ見せたくなかったんだろうね。
自分が死ぬ事を分かっていたんだろうね。
象の墓場の話、あれに似た感じかなと思ったよ。

自分の死を自覚しているんだろうから、
寂しかっただろうし甘えたかっただろう。
しかし、野生なのか奴なりのプライドなのか。
奴の気丈な姿を見たときに号泣というか嗚咽というか。
ボロボロになったな。

たいした話でもない上に、長文すまそ。


310: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:48:36.13 ID:GUwiiBns0.net

猫をとっても可愛がってるお婆さんがいた。
そのお婆さんが末期ガンになり、本人も家族も
もう助からないものと諦めていたある日、入院中
のお婆さんの夢に、飼い猫が出て来て人間の言葉で
「お別れに来ました」と言ったのだそうだ。
目が覚めたお婆さんは「今日辺りお迎えが来る」
と思った。
しかしその日の検査で主治医は唖然とした。
ガン細胞が綺麗サッパリ消えていたのだ。
知らせを聞いた家族も駆け付け皆で大喜びした後、
家族が帰宅してみると飼い猫は死んでいた。
獣医に見せたところ死因は末期ガンとの事だった。
その知らせを聞いたお婆さんは
お別れに来ました、の真意を悟って泣いたと言う。


311: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:49:19.04 ID:GUwiiBns0.net

私は犬。
名乗るほどの犬ではない。

小さい頃に里子に出され、今の家に貰われてきた。
他にも兄弟がいたが、もうみんな生きてはいないだろう。

奔放で縛られるのが嫌な性格の私は、飼い主さんにたくさん迷惑をかけた。
そこいらにおしっこを掛けたり、他の家の犬に吠え掛かったり。
その度に飼い主さんに怒られ、時には叩かれもした。

だがその後には飼い主さんは必ず優しく撫でてくれた。
私はそんな飼い主さんの手と匂いが大好きだった。

飼い主さんが泣いていた日もあった。
そんな時は、私は黙って飼い主さんの傍に寄り添った。
犬である私に出来ることはそれぐらいしかない。

飼い主さんが遠くに連れて行ってくれたこともあった。
そんな時は、私は思いっきり飼い主さんと遊んだ。
犬である私はそうやって喜びを表現した。

長い年月が経って、私はもう目も耳もだいぶ悪くなった。
なにか病気に掛かっているらしい。
立つのもつらくなってきた。

また飼い主さんが泣いている。
何か悲しいことや辛いことがあったのだろうか?

私はふらつく足で立ち上がり、飼い主さんの傍に寄り添おうとした。
飼い主さんは、立ち上がる私に、震える声で「ダメ!」と声を荒げた。
また私の行動が飼い主さんを怒らせてしまったようだ。
だがその後、必ず飼い主さんは私を優しく撫でてくれる。

私は目を閉じた。
もうなにも見えなくなった。
身体の力も入らない。
だが飼い主さんの手と匂いは感じる。

私は犬。
飼い主さんにはたくさん迷惑をかけた。
飼い主さんは最後まで優しく撫でてくれた。

私はとても幸せだった。


312: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:50:13.93 ID:GUwiiBns0.net

昔、実家で犬を飼っていた。
犬の名はゲン。
家の前の道路は通学路で、
柵越しに道路に面した犬小屋には小窓が開いてた。

子供好きなゲンは小窓から良く顔を出しては、
子供たちと触れ合っていた。

親父が古いたばこの自販機のパーツをどこからか拾ってきて、
小窓の上に「たばこ」と看板をとり付けた。
子供たちは「ゲンちゃんのたばこ屋さん」と呼んでいて、
窓越しに触ったり、お菓子や給食のパンを残して持って来たりしてた。


604 名前:なごみ[sage] 投稿日:2010/07/16(金) 18:08:36 ID:cm+xInEtO
なにぶん通学路だから、
毎朝同じ時間に大勢の子供たちが通り、
ちょっとだけ撫でては通り過ぎる。
ゲンは嬉しそうに尻尾をふり
子供たちが遊びにくるのを楽しみにしていた。

夏休みとかになると、
子供たちが通らないので、ゲンは寂しがっていた。

そのゲンも、八年ほど生きて静かに死んだ。

子供たちが、空っぽの犬小屋を覗き込んでは
「あれ、たばこ屋さん、今日もお休みかなあ」
と言うのに母が堪えきれなくなって、貼り紙をした。


ゲンちゃんは、天国へ旅立ちました
だからゲンちゃんのたばこ屋さんは店仕舞いです
ゲンちゃんはみんなが遊びにくるのを楽しみにしていていました
ゲンちゃんはみんなのことが大好きでした
いつもゲンちゃんと遊んでくれてありがとうございました


313: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:51:06.45 ID:GUwiiBns0.net

とってもおっとりして威嚇声まで可愛らしい、ちょっと身体の小さい猫を飼ってた。
元々虚弱体質な子だったから、ただの偶然だったのかもしれないけど書いてみる。

ある時私は事故で挟まれ大怪我をして手術を受けた。
怪我の部分はとりあえず繋げるが、上手くいかなかったら切断だと告げられ、
ショックで泣いたが、術後の経過が予想以上に良くなんとか切断は免れた。

でもその怪我をした頃から猫が弱りだし、
私の怪我が治るのと反比例で猫の体調は悪くなり、獣医もお手上げ状態になった。

怪我から数ヵ月後、忘れもしない職場復帰当日、
仕事から帰ってくると、 既に寝たきりでろくに寝返りもうてなかった猫が、
ヨロヨロと私の方へ近づいてきて、 ゴロゴロ喉を鳴らして
少しかすれてるけどかわいい声で「ニャ・・・」と鳴いてくれた。

仕事復帰できた安堵感と猫の何か言いたげな行動に、一気に涙腺崩壊。
寝床に戻る体力も無い位なのに、
元気だった頃と同じように迎えてくれようと頑張ってくれたのが嬉しかった。

結局介護の甲斐なく、その出来事があった週末大好きだった父に見守られながら天国へ。

あの事故で身体の一部が無くなってたかもしれないと思うと、
もしかしたら猫が身代わりになってくれたのかも・・・と勝手に思ってる。

でももっと抱っこしていっぱい撫でてあげたかったよ。
怪我で抱っこが出来ず、やっと抱っこ出来る頃にはもう寝たきりだなんてね・・・。



112:可愛い奥様:2010/02/02(火) 08:15:54 ID:mbOxS15SO
( つω;)


314: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:51:45.98 ID:GUwiiBns0.net

昔飼っていた婆さんシャム猫。
その年の夏が超えるかどうかという様子。

夏前位から、どうも野良らしいのだけれど
見た目はまんまシャムの子猫が家の近所をうろつくように。
母が何度となく呼びかけてご飯を与えようとするも、一向に懐く気配はなし。

それが突然私の誕生日に「にゃ~ん」と言って家の中に入ってきたらしい
(私は仕事でいなかったので母の話)
これもなにかの縁とうちの子として迎え入れたのだけれど、
婆さんシャムは気にいらなかったようで威嚇しまくりでちっとも打ち解けない。

秋になったある日の朝、
そんな仲の悪い二匹が玄関先で2メートル位の距離でずっと見つめあっていたらしい。
その様子を見た母は「あら~、やっと仲良くなってくれるのね」と安心したのも束の間、
その日の午後婆さんシャムは息を引き取りました。

母が亡骸を病院から連れ帰ると新入りシャムの姿も家にはありませんでした。
急に二匹の猫がいなくなって家の中は火が消えたよう。
が、一週間後、新入りシャムがまた「にゃ~ん」と言いながら帰宅。
家族の中では弔いの旅に出ていたんだね。という話しになりました。

その新入りシャムも17年後、静かに虹の橋を渡りました。


316: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:54:46.99 ID:GUwiiBns0.net

昭和の終わり 1987年の秋頃、
父親と同じ会社に勤める人の近所で子犬が産まれた。

最初に父親が子犬の話を持ってきたとき、
「絶対に世話をしないから」と母親は猛反対。
兄弟三人は「絶対に散歩するから」、
「エサ代出すから」と母親を説得した。

犬を貰いに行くとき、当時小1の妹を含め父親と兄弟三人で行った。
自分はメス犬、妹はオス犬が欲しかったが、二人でジャンケンし、妹が勝った。
その雄犬は自分の手の中で眠りながら、家に来た。

つづく。。


106 :パパ:2005/04/07(木) 07:02:02 ID:hkIiA9/j
最初、犬の世話は兄弟三人でやった。
犬の名前をどうしようかと悩んで、一ヶ月近く名無しだった。

犬を飼うのが嬉しくて、学校から帰る都度、
兄弟それぞれが散歩に連れていった。
でも犬が大きくなってくると、母親が結局一人でやるようになった。

それから、10年近く、

2000年春に妹は「犬の世話をする」と獣医学科に入った。
妹の進路に大きな影響を与えた犬は、2003年秋に16歳で亡くなった。
貰われてきた時と同じく、自分の手の中で息を引き取った。

ラッキー、元気かい?
おまえの正確な誕生日を聞いておかなくて本当にゴメン。
おまえが夜泣きしてるときに、叩いて叱ってゴメン。

おまえがいなくなってから、みんな寂しいよ。
これからも家族みんなを見守っててくれ。


317: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:56:03.73 ID:GUwiiBns0.net

18歳の老犬が、7ケ月前ほどに旅立ったのだけど
最期は痴呆になって、寝たきりで
赤ちゃんみたくなってしまった。
24時間体制で世話してた為か、もともと可愛がっていたけど
さらに愛情がピークに達した所で死んで
今でも亡くなった姿をふと目に思い出して悲しくなる。

今日も買い物に行って百合の花を見て、
百合の花を死んだワンコのお棺に入れた時の姿を思い出して
涙が止まらなくなってしまった。

犬としては限界以上まで長生きしてくれたと思うし、
とても世話をしてああすれば良かったな・・みたいな後悔の気持ちは
あまりないのに自分でもここまでペットロスになるとは思わなかった。

小学生の時に飼い始めた犬で、
私が受験生だった頃、末期ガンで父が危篤だった時には
自分ひとりで無理して強がって頑張ったりした心の葛藤や、
父が死んだ後の容赦ない親戚争いとかあったときの
やり場のない悲しい気持ちを、そこにいるだけで慰めてくれたからかな。

先日夢で、「元気になったよ~、ブラッシングして~」って
笑顔で出てきてくれた。久しぶりで嬉しかった。


318: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:57:41.84 ID:GUwiiBns0.net

10年以上前のことです。
ひょんなきっかけで捨てられたらしいスコティッシュの白猫を飼う事になった。

でもその猫はすでに首に大きな癌があり、猫エイズも発症していて、
「もうあと一ヶ月ぐらいしか生きられないと思うので、最後の思い出に可愛がってあげて」
と獣医さんに言われてしまう状態だった。

病気のせいか元々の性格なのか、ほとんど鳴きもせず、気が付くと隣にひっそり座ってる。
じーっとこちらを見つめてくるので、撫でてやると静かにゴロゴロ言う。
捨てられてからの生活を思うと不憫で、夫と二人でできるだけ可愛がってあげた。

飼いだして5週間目に入ったある日の早朝、5時過ぎ。
その猫が私たちのベッドにやってきて、
いきなり何かに取りつかれたように、寝ている夫と私に激しくスリスリしはじめた。
そんなこと一度もなかったのに。

寝ぼけてたし、時間も時間なので、「ちょっとー、やめてよー、どうしたのー?」と
ベッドから降ろしても降ろしても、いつまでたっても止めようとしない。
「急にどうしちゃったんだろうね」と二人で話していた。

その日から猫はご飯を食べなくなり、夜、首の癌が破裂して大量の膿が流れ出し、
意識がなくなって、3日後、死んでしまった。獣医さんの診断は正しかった。

偶然と言ってしまえばそれまでだけど、今でもあのスリスリは、
「もう逝くからね、世話になったね、ありがとう」という彼の挨拶だったと勝手に思ってる。

もっともっと、気が済むまでスリスリさせてあげればよかった。今でも後悔してる。

彼のまん丸でちょっと悲しそうなあの目が忘れられない。
猫は恩を忘れるなんて、絶対に嘘だと思った。


319: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 12:59:43.69 ID:GUwiiBns0.net

これでペットの話は終わりです!

次は戦争の話です!


320: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:26:50.62 ID:GUwiiBns0.net

佐藤章

菊水隊 イ36潜、イ37潜、イ47潜

昭和19年11月8日出撃

妻への手紙

まりゑ殿

かねて覚悟し念願していた「海い征かば」の名誉の出発の日が来た。
日本男子として皇国の運命を背負って立つは当然のことではあるが然し
これで「俺も日本男子」だぞと、自覚の念を強うして非常にうれしい。
短い間ではあったが、心からのお世話になった。俺にとっては日本一の妻であった。
小生は何処に居らうとも、君の身辺を守っている。正しい道を正しく直く生き抜いてくれ。
子供も、唯堂々と育て上げてくれ。所謂偉くすることもいらぬ。金持ちにする必要もない。
日本の運命を負って地下百尺の捨石となる男子を育て上げよ、小生も立派に死んでくる。
充分体に気をつけて栄へ行く日本の姿を小生の姿と思いつつ強く正しく生き抜いてくれ。

大東亜戦争に出陣するに際して

昭和十八年九月二十一日


321: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:27:41.22 ID:GUwiiBns0.net

あるベトナムの村に宣教師たちの運営する孤児院がありましたが、爆撃を受けてしまいました。
宣教師達と2人の子供達が即死し、その他の者も重傷を負いました。
重傷になったものたちの中でも8才の女の子は最も危ない状態でした。
無線で助けを求めると、しばらくしてアメリカ海軍の医者と看護婦が到着しました。
大量に出血したことにより危ない状態にあり、早く手当をしないと少女は命を落とすことになります。
輸血が必要でした。しかしどうやってそれを行うことができるというのでしょうか。
言葉が通じないため、ジェスチャーを使って子供達を集め、何がおきていたのかを説明し、誰かが血液を提供することが必要であることを伝えようとしました。
沈黙の時間がしばらく続いた後、一本の細い腕が恐る恐るあがりました。
ヘングという名の少年でした。
急いで少年の準備をすると、苦しむ少女の隣に寝かせ、輸血ようの管をとりつけました。
少年は黙ったまま天井をじっと見つめていました。
しばらくすると、少年は自由になっている手で顔を覆うと、しゃくりあげるように泣いているのでした。
医師がどこか痛いのかと尋ねるとそうではないようでした。
しかし、しばらくするとまた、しゃくりあげ、今度は大粒の涙をこぼしていました。
医師は気になり、再び尋ねましたが、またもや彼は否定しました。
ときどきしゃくりあげていたのが、やがて静かに泣き出しました。
明らかに何かが間違っているようでした。
すると別の村からベトナム人の看護婦が現れました。
医師はその看護婦にヘングに何が起きたのか尋ねてくれるように頼みました。
すると少年の苦しそうな表情はゆるみ、しばらくすると彼の顔は再び平静を取り戻しました。
すると看護婦はアメリカ人の医師達に説明しました。
「彼はもう自分が死ぬのかと思っていたんです。あなた達が説明したことを理解しておらず、少女を助けるため、全ての血液を提供しなければいけないと思ったようです。」
すると医師はベトナム人看護婦の助けを借り、少年にきいてみました。
「そうであればどうしてあなたは血液を提供しようと決心したんですか。」
すると少年は単純に応えました。

「あの子はぼくの友達なんです。」


322: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:29:13.77 ID:GUwiiBns0.net

大戦中にドイツ軍の捕虜収容所に居たフランス兵たちのあるグループが、長引く捕虜生活の苛立ちから来る仲間内の喧嘩や悲嘆を紛らわすために、皆で脳内共同ガールフレンド(?)を作った話を思い出した。

・・・そのグループが収容されてた雑居房のバラック、その隅に置かれた一つの席は、13歳の可愛らしい少女がいつも座っている指定席だった。(という、皆のイメージ)

彼らグループの中で、喧嘩や口論など紳士らしからぬ振る舞いに及んだ者は誰であろうと、その席にいる少女に頭を下げ、皆に聞こえる声で非礼を詫びなければならない。
着替えの時は、見苦しい姿を彼女に見せぬように、その席の前に目隠しの布を吊り、食事の時は、皆の分を分け合って彼女の為に一膳をこしらえ、予め決められた彼女の「誕生日」やクリスマスには、各自がささやかな手作りのプレゼントを用意し、歌でお祝いをする。
・・・最初は慰みのゲームのようなものだったのが、皆があまり熱心になると、監視のドイツ軍までもが、彼らが本当に少女を一人かくまっているものと勘違いして、彼らの雑居房を天井裏まで家捜しするという珍事まで起こった。
だが、厳しい捕虜生活の中で、他の捕虜たちが衰弱して病死したり発狂や自殺したりする中、そのグループは全員が正気を保って生き延び、戦後に揃って故国の土を踏んだという。


323: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:29:45.94 ID:GUwiiBns0.net

数年前、故障した機を市街地から逸らす為に脱出が遅れて亡くなった
自衛官がいた

彼らはすぐにベイルアウトできたのに誰にも迷惑のかからない河原まで飛行機を持っていき、
そして激突寸前に(無駄だともちろん分かっているが)射出装置を作動させました。

なぜなら、あとで事故検分のときに射出装置をメンテナンスしていた担当のメカニックに
『おまえのメンテナンスが悪くて脱出できなかったのではない 射出装置はこのようにキチンと作動した』と
伝えるためにそうするのだと、自衛官の父から次の日に直で聞きました。

その頃俺は生意気盛りだったけど、泣きました。

軍人さん、ありがとう。


324: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:30:30.58 ID:GUwiiBns0.net

オレのおじいちゃんは戦争末期、南方にいた。
国名は忘れたけど、とにかくジャングルのようなところで
衛生状態が最悪だったらしい。
当然マラリアだのコレラだのが蔓延する。
おじいちゃんの部隊も例外ではなく、バタバタと人が倒れて
いったそうだ。
ただ、その頃には治療薬も開発されていて、それを飲んで命
を永らえた人も多かったらしい。治療班に手渡されていた薬
で何人かの人が助かったそうな。
しばらくして、おじいちゃんが期せずして高熱にうなされる
ようになった。病気に感染したのだ。
一方でおじいちゃんの部下の1人にも同じような症状が襲った。
二人とも薬を飲めば助かる程度のものであったらしいが、
なんとその部隊には残余薬が一つしかなかった。
部下は「あなたが飲んでください、あなたがこの部隊の指揮官ですから」
と搾り出すような声で言ったらしい。立派な部下を持ったおじいちゃんは
幸せな人間だったとおこがましいけどオレは思う。
しかしおじいちゃんはたった一言こう言ったらしい。
「貴様飲め!」
おじいちゃんはその後間もなくして死んでしまった。

この話はつい最近死んだおばあちゃんから何度も聞いた。
薬を飲んで生き残って帰国した兵隊さんはその後おばあちゃんを
なにかにつけ助けてくれたらしい。オレも一度だけお会いしたこと
がある。まっすぐで立派な男だった。おじいちゃんも素晴らしい命
を救ったものだ。

おばあちゃんの口癖は
「貴様…って、いい言葉ね…」
だった。おじいちゃんの死後、もう何十年も経つのに
毎日毎日仏壇のおじいちゃんに話し掛けていた。
そして眠ったまま死んでいった。
明治の人間はすごい。オレはいつもそう思う。


325: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:31:00.27 ID:GUwiiBns0.net

お母さん、とうとう悲しい便りをださねばならないときがきました。

晴れて特攻隊員と選ばれて出陣するのは嬉しいですが、
お母さんのことを思うと泣けて来ます。


母チャン、母チャンが 私をたのみと必死でそだててくれたことを思うと、
何も喜ばせることが出来ずに、安心させることもできずに
死んでゆくのがつらいです。

母チャンが私にこうせよと言われたことに反対して、
とうとうここまで来てしまいました。
私として希望通りで嬉しいと思いたいのですが、
母チャンのいわれるようにした方がよかったかなあと思います。

でも私は技倆抜群として選ばれたのですから喜んでください。
私ぐらいの飛行時間で第一線に出るなんてほんとうは出来ないのです。

ともすれば、母チャンの傍にかえりたいという考えにさそわれるのですけれ
ど、これはいけない事なのです。

洗礼を受けた時、アメリカの弾にあたって死ぬより前に
汝を救うものの御手によりて殺すのだと言われましたが、
これを私は思い出しております。
すべてが神様の御手にあるのです。
神様の下にある私たちにはこの世の生死は問題になりませんね。


私はこの頃毎日聖書をよんでいます
お母さんの近くにいる気持ちがするからです。

私は聖書と賛美歌と飛行機につんでつっこみます
お母さんに祈ってつっこみます。 

出撃前日


326: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:31:39.70 ID:GUwiiBns0.net

うちの婆ちゃんから聞いた戦争のときの話。

婆ちゃんのお兄さんは、かなり優秀な人だったそうで、
戦闘機に乗って戦ったらしい。
そして、神風特攻にて戦死してしまったそうです。

当時婆ちゃんは、製糸工場を営んでいる親戚の家に疎開していました。
ある日の夜、コツンコツンと雨戸をたたく音がしたそうです。
だれぞと声をかけども返事はなし、
しょうがなく重い雨戸を開けたのですが、それでも誰もいない。
婆ちゃんは、それになにか虫の報せを感じたそうで、
「兄ちゃんか?」と叫んだそうです。返事はありませんでした。

その後戦争が終わり、婆ちゃんは実家に戻りました。
そしてお兄さんの戦死の報せと遺品、遺書が届いたそうです。

婆ちゃんは母親、他の兄弟たちと泣いて泣いて悲しみました。
遺書には、お母さんや他の兄弟について一人一人へのメッセージが書いてありました。

婆ちゃん宛には、次のように書かれていたそうです。

「キミイよ。兄ちゃんが天国いけるように祈ってくれ。
弁当を食べてから逝くから、空腹の心配は無い。
この国を、日本を頼んだぞ。負けても立ち上がれ、誇りを捨てるな。
まずしくともよし、泥をかぶってもよし。
かねを持っても、うまいものを食ってもよいのだ。
ただひとつ心を汚すな。それが日本人だ。心を汚されたときこそ、おこれ。
黄色のりぼんがよく似合っていた。兄はいつも共にある。うつくしくあれ、キミイよ。」
 
婆ちゃんは疎開先の製糸工場にいるとき、
当時出来たばかりの新商品である黄色のヒモを
毎日お下げに巻いていたそうです。

お兄さんにその黄色のヒモを見せたことは一度も無かったので、
あの雨の日にワタシに会いに来たんだと、婆ちゃんは生涯信じていました。


327: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:32:21.18 ID:GUwiiBns0.net

南洋のパラオ共和国にはちいさな島がいくつもある。
そんな島にも戦争中はご多分に漏れず日本軍が進駐していた。

その島に進駐していた海軍の陸戦隊は
学徒出身の隊長のもと、住民たちとの摩擦を避け、
作業に人を使う時にも必ず代価を払い、
よき隣人として戦地生活を送っていた。

中でも住人たちに喜ばれたのは
音楽の心得のある兵隊による唱歌の演奏で、
島の人々も「ふるさと」「さくら」などの曲を歌えるまでになった。

しかし戦況は刻々と日本に不利な情勢となっていき、
この島にも米軍の襲来が避けられえない情勢へと変っていった。

島の若者達は相談して、ある夜、日本軍の守備隊長を訪ねた。
どうか我々も仲間としてあなたたちと一緒に戦わせて欲しい
という志願のためだった。

その話を聞いた隊長は、みるみる内に怒色を満面に浮かべて
椅子を蹴り上げ叫んだ。

「我ら帝国海軍の軍人が、貴様ら如き未開の土人どもと共になど戦えるか!
貴様らなど戦の邪魔だ。3日の猶予を与える。パラオ本島に出て失せろ!」

あれほど日本人は東洋融和の仲間だと言っていたのに見せかけだったのか・・
島の人々は悔し涙を流した。

いよいよ島を去る日、桟橋にとぼとぼと集まった住民。
当然ながら兵隊たちは誰も見送りになど来ない。

悄然と船に乗り込み、船が陸地を離れたそのとき、
どこからともなく砂浜にたくさんの日本兵達が現れた。

「ウサギ追いしかの山!小鮒釣りしかの川!」と歌いながら
千切れるほどに戦闘帽を振る水兵達。

そしてその先頭にはあの守備隊長が。
満面の笑みで歌いながら帽子を振っていた。

島の人々はその時に気づいた。
あの夜の言葉は自分達を生かすためのものだったのだと。

2週間後、米軍の海兵隊は周辺地域に殺到。224名の日本軍は全滅した。


328: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:32:57.11 ID:GUwiiBns0.net

俺の母方のばあちゃん

いつもニコニコしていて、かわいかった。
生んだ子供は四姉妹。
娘が全員嫁いだ後、長いこと、じいちゃんと2人暮らしだった。

そして、じいちゃんは20年前に亡くなり、
そこから17年ほど1人暮らしだった。

ばあちゃんは3年前に亡くなった。92歳だった。

長い間1人で寂しかったと思う。
けどいつもニコニコして、そんな事は一言も言わなかった。

火葬が終わり、親戚一同で遺品の整理をしている時に
古い手紙の束が見つかった。

母たちは宛名を見て
「戦時中の父さん(俺のじいちゃん)への手紙だ」と騒いでいた。
親戚一同でじいちゃんへのラブレターみたいなものだと思って
やいのやいのと冷やかした。
俺の母がそのうちの1通を音読し始めた。

「(じいちゃんの名前)さんへ。
今日(俺のおばちゃん・母の姉の名前)が風邪をひきました。
豪雪で腰まで雪が積もり、電車も動かないので隣町(余裕で10キロ以上ある)
まで背負って行きましたが、お医者様はお休みでした。
大事な娘を診てもらう事すら出来ないのでしょうか。
このような戦争は早く終わって欲しいです。」

母さん、最後のほう、声かすれて読めなかった。
親戚みんなも泣いてた。俺も泣いてた。

そして他の手紙も、
全部、全部、娘たち--の事ばかりだった。
ばあちゃんが考えてたのは、ずーっと自分の子供(母達)の事だった。

俺は誓う。
もし俺の子供が風邪をひいたら、豪雪の中だろうと何十キロでも歩くと。
年を取ったらばあちゃんみたいな人間になると。


329: 猫武士@\(^o^)/ 2015/01/06(火) 13:33:33.16 ID:GUwiiBns0.net

これで戦争の話は終わりです!

次は物の話です!



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コメント一覧

※ 1. 名無し  2015年01月11日 03:32 ID:mhySd85l0 ※このコメントに返信する※
(e/d)

深夜に声出して泣いたよ。
寂しさといとおしさで胸が痛くて堪らない。
皆優しいな。
うちにも居るよ小さな命。
いつか来る別れに後悔しない為にも愛情を注ごうとしみじみ思ったわ。


※ 2. ななし  2015年01月11日 11:40 ID:8LLzIL9r0 ※このコメントに返信する※
(e/d)

今年の元旦に亡くなった犬のことを思いながら泣いた。自分はバイトで、他の家族も気付いてあげられなくて一人で死なせてしまった。ちゃんとお別れできなかったのが心残り。今月末にやっと帰って来る大好きな兄にも会わせてあげられなかった。2日に兄にそのことを知らせたら大泣きしていたらしい。大晦日にうちのわんこが夢に出てきて、会いたかったよって言ってくれたって聞いた。きっとお別れ言いに行ったんだね。


※ 3. 名無し  2015年01月17日 18:02 ID:crP483x20 ※このコメントに返信する※
(e/d)

戦争の話は少ないんだな


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