たぶん人間生きてたら一度は考えることだと思う。
ふと頭を意義る程度に考えるヤツもいるだろうし、じっくり考えてみるヤツもいるだろう。
中には考えすぎてわけわかんなくなって悩むヤツや、自殺するヤツもいる。
芥川龍之介みたいな昔の文豪なんかもきっとその類だと思う。
まぁそれでも、ちょっと考えてよく分かんなくて「???」って感じで結局は放置して、とりあえず生きてるってヤツが大半かな?
程度は違えど皆考える問題なんだよね。
「人生って何なんだろう」って。
考えても答えなんてでないのに、考えちゃうんだよね。
引用元: ・これはあくまで俺の感覚だけど、なんか真実からそう遠くないと思えるんだ
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それだけよ
だが、不可知論には根本的な矛盾がある。
不可知論が正しいかどうかということも不可知だからだ。
偉人の生き方を研究したり本読んだり、自分の少ない経験から考察したりね。
宗教を学んでみたり、哲学者の意見を参考にしたりね。
とっても参考にはなったよ、知識もついた。
難解な部分も頑張って読み解いたし、各種批判的吟味も少しだけどできるようになったんだ。
でもそうして得たものって、特にないんだよね。
得たものが無いと言っては違うかな、俺の欲しいモノは得られなかったって意味。
どうしてかっていうと、上に挙げた各種情報って、人の話を聞くにしても本を読むにしても自頭で考えるにしても、結局は文字情報でしかないんだよ。
論理的に理解できましたよって程度の話になってしまうんだよね究極的には。
そういう主張こそが無意味で何の役にも立たない場違いである
そもそも主張ですらない
間違っても議論の場でそのような発言をしてはならない
初めから人生が分かっていたら、絶望する人が多いような気がするかなぁ
勉強したことでそれは何となく分かった。
この調子で勉強を続けても、単に人よりちょっと勉強したって人生で終わるからね。
ただ勉強してよかったことは、人生に生じる色んな経験を解釈できる幅がすごく広がったって事だ。
つまり言語的な勉強は、出来事の解釈の幅を広げたり、意味づけする意味ではすごく役に立つ。
だかた俺は勉強は辞めずに続けることにして、その勉強したことをいかに自分の経験とリンクさせて考えるかってことに集中し始めたんだ。
これで「知識」と「経験」を少しづつ融合させていく作業が始まったわけね。
人生ってのはやっぱ、経験の集合体だと思ったからね。
まずは言語からだ
弱い自分を曝け出しながら磨き上げ強くなろうと志す者は本当に強い
けどそんな人少数でしかない、楽に生きようと惰性で生きているのが
大半だ。そこで人類が戦争より先の生き方を見つけるには友好的で
我々より遥かに文明の発達した地球外知的生命体との接触が必要である。
これはマジで俺の座右の銘
ふざけたこと言ってるようで、実は仏教の「色即是空」に通じる考え方
全人類、皆等しく生きる意味はない
昨日踏み潰した蟻も、今日食べた牛も、明日死ぬであろう何処かの誰かも
皆等しく価値はない
無意味、無価値、全ては只の幻想
なれば私達の今見ているモノはすべてまやかし
楽しさも、苦しみも、皆等しいのだ
だから私は苦しい道を行く
その先に何もなくとも、私がそうしたいのだ
意味のない人生であれど私は満足して死にたいのだ
まずは「その知識は本当に“正しい”のか?」ってことだ。
経験したことに今まで勉強したことをリンクさせていくわけだけど、そもそものその知識が正しくなければ意味がない。
宗教の聖典でもどこかの時代に政治的意図で内容が改変されてることもあるし、翻訳が違ってる場合もある。
そして“正しい”とは何か?っていう根本的な話はもっと難しいかもしれない。
今出回っている本とかが必ずしも正しくないかもしれない。
昔ながらの名著が嘘つきで、その辺のオッサンの語りが真実ってこともあり得るわけだ。
だがそれを全て考えるなんてことは時間的にも無理だ。
例えば仏教の名著を原著で読むなんて何十年もかかるわけで。
だから俺はどうしたかっていうと、「全ては嘘でもあり真実でもある」っていう考えでいることにした。
そのバランスを保っていれば大間違いはしないだろうっていう考えだ。
量子論の世界(観測されるまで世界の有り様は確定しない)だと思うんだよな
いやむしろ量子論は「この世はすべて空である」ことを科学的に解明しつつあるんじゃないかって気がしてくる
「空(くう)」とは簡単に言えば、“有”も“無”も全て含んでいるという概念だ。
この世のあらゆるものを含むモノが「空」だ。
空の論理に従えば、さっきの問題を乗り越えるヒントがあると思ったわけだな。
でもまだ問題がある。
「経験も知識も思考パターンも俺自身のバイアスが働くよな」ってことだ。
これは避けては通れない。
俺自身がいくらバイアスをなくそうと頑張っても、俺個人というフィルターを通している限りバイアスがかかる。
俺の目的は「人生ってなんだ?」について限りなく正解に近い何かをみつけることなのに、個人的バイアスは邪魔になるんじゃないかと思ったわけね。
ここで最終的にどうしたかというと「個人的バイアス」を認めることにした。
なぜなら俺は“人間の”人生を考えているわけで、歴史上の全ての人間で、個人バイアスがない人間なんていないからだ。
単純な解釈だが、これはあるいみ人生解明のキーでもあると思うようにしたんだ。
わけもわからず勉強させられるよりまず生きるって何か考えたほうが
未来の展開についてフラットに想像できるよね
>>32
個人的バイアス、その感覚わかる、俺はね、それ個性だよねって思うことにした
個人の上に成り立つ以上普遍的な解は存在し得ない
・勉強を続け知識は増やしながら「知識」と「経験」を限りなく多角的にリンクさせること
・上をするにあたって個人バイアスは認めるということ
主にこうした2つの柱で研究(個人的なね)を続けることにしたんだな。
そうしていくと色々と気づきが増えた。
ここには書ききれないけど。
「この方法正解じゃないかもしれないけど悪くはないな」って思えた。
だけどな、また1つ問題も生じてきたわけですよ。
「知識を経験の解釈に使うことを優先しすぎて、経験に対する純粋な感情をキャッチできていなかった」
ってことだ。
ある経験をしたとしても、それについて知識をリンクさせていったわけだけど、そうすると経験に対する純粋な感情がなくなるわけだ。
正確に言うと、感情は動くんだがその動きは純粋なもんではなくて、あくまで知識によってブレーキがかかってるという感覚かな。
わかりにくいかもしれないが、こういった感覚に陥ってしまった。
これには直感的に「良くないな」と思った。
だから、
「経験に対して感情の動きを邪魔せずにいること」と
「経験に対して得た知識をリンクさせ解釈の幅を広げる」ということを
お互いがお互いを邪魔せずに共存させる必要があるんじゃないかなってことだった。
これはとても矛盾しているように思うけど、俺は双方の両立も可能なんじゃないかなと思ったんだ。
持ったの4ヶ月程度だけど
“有”と“無”を全て包括する概念。
それは一体どんな世界なんたろうか。
どういった体感なんだろうか。
そんなことが本当にありえるんだろうか。
実際あるとすればその世界が“見えて”いる人はいるんだろうか?
釈迦にはみえたかもしれないがそれ以降1人でもいるだろうか?
とにかく色々と考えまくったね。
感覚(経験)としてもひたすら感じ取ろうとした。
でもこれは違う、単なる“無”でしかないじゃないか。
ではあらゆるモノが存在するイメージか?
でもそれだと“有”をひたすら思い浮かべているに過ぎないじゃないか?
待て待て、なんか考えれば考えるほど言葉遊びになってないか?
そうじゃないんだよ。
“無”も“有”も同時に含有する状態?
ナゾだらけだよ、でも必ずここに大きなヒントはあるハズなんだ。
もし、このまま考えて考えて人生終わる可能性だってあるよな?
だって過去の宗教家や哲学者はそうした答えを考え続けて死んでいった人も多い。
空のイメージを得るには色々と悩んだし苦労した。
ただちょっとづつ、感覚をつかめる気がしてきたんだよね最近。
連想ゲームの発展版みたいな感じなんだけどね。
まず、目の前にあるたった1つのものを見たとする。
例えばコップがあったとすると、そこから連想ゲームをはじめる。
「このコップができるまでどんな人が関わってどんな歴史があるのかな?」
ってことをひたすら考えることだ。
そうすると、最終的には1つのコップが「宇宙全体」へつながっていくんだよ。
詳細に連想すればするほど、宇宙へとつながっていくんだ。
胡散臭いと思うかもしれないがマジだ。
コップ、でここまでつながるってことは、分かると思うが全てにおいてそうなんだ。
人間、でやってもそうだし、iPhone、でやってもそう。
まずはこのイメージ方法をしたんだ。
「この世に不必要なものって無いなんじゃないの?」っていう感覚なわけだ。
だって、この世の全てのモノで連想ゲーム(関連するものをひたすら挙げていく)をすると全宇宙につながるんだから。
この世の中に自分とは無関係で存在するものってのは本質的にはありえないってことに気づいていった。
アリでも象でも究極的には俺と繋がってるって感覚かな。
そしてそれらは単につながってるってだけじゃなくて、重要なつながりなんだよ。
「世界中全てのことは全て重要なつなが合いを持っている」ってことだ。
これは連想ゲームで得た答えだ。
次にこれを更に練り上げていく。
「この世にあるもの全てが自分にとって重要である」という実感を高めていくことだ。
例えば、自分のiPhoneと他人のiPhoneは本質的には同じ重要さを持っているはず(連想ゲームからの気付きでは)だけど、
自分バイアスがある限り自分のiPhoneと他人のiPhoneでは自分のiPhoneの方が大切に決まってるよね?
けどこれをなるべく同じ重要さで感じられるように訓練したんだ。
この訓練は結局は、“この世界のあらゆる事全て”を「自分ごと」として感じる訓練だ。
世界のコト・モノ全てを寸分の格差なく重要と思う訓練と言えるかな。
まぁもうちょいで終わるから書ききっちゃうわ。
これ以上は感覚の話だから説明できないんだけど、キモいかもしれないが全てが愛おしい感覚になってくる。
「あ、そっか全部一緒なんだよな」っていう感覚だ。なんかポカポカする感じだな。
これ以上は説明できないんだけど。
そしてこの感覚が何とも言えず心地いいんだよ。
毎回心地よくなるわけじゃないが、ハマったときはすごく心地いい。
まぁこれは脳内でドーパミンがたくさんでてるから心地良いわけで、自己催眠とか瞑想で誰でもたどり着ける状態なわけだが、
それをわかった上でも何か違った心地よさがあるんだ。
「経験に対して感情の動きを邪魔せずにいること」と
「経験に対して得た知識をリンクさせ解釈の幅を広げる」を双方両立することが可能かってことだけど、
空についてイメージする訓練を続けることで両立できてきた感じがしたんだ。
これもあくまで俺の感覚だから言葉にはしずらいんだけどな。
そんで、こんなちょっと妙なことを続けてきた俺の、人生に対するある種の感覚を述べる。
結構簡潔なんだけどな。
それでも今まで言ったことを読んでないと意味不明かもしれない。
俺の感じる人生の意味。多少ややこしいかもしれないが。
①まず大前提として、全世界(全宇宙)にある全て(のコト・モノ)は等しく重要な存在である。これを理解することが人生で1番といっていいほど重要な可能性がある。
②しかし人間には「身体」や「感情」があるから世界をそのように観ることは極めて難しい(難しく感じるよう予め設定されているかのよう)。理不尽と感じることや悩み苦しみがあるだろう。
例えば自分の母親と、母を殺した殺人鬼を同様に愛せといわれてもまず無理だろう。
③だけど悩みや苦しみを経てでも、少しづつ①の状態に近づくことができると考えている。これが普遍的・共通的な人生の目的なのかもしれないと感じている。
もちろんこれと逆行してしまう場合もあるだろうが(恨みから恨みしか生まれない状態など)、あらゆる悩みや苦痛はいずれ人への思いやりや他者への想像力を生むのも事実だ。
あと、悩みもせずに①の状態にたどり着くのは単なるお気楽にしか思えないしね。
④そして①の状態に近づくためには必然的に「空」の思想が必要になってくる。
空は“有”と“無”を含有するから、これを研ぎ澄ましていくと必ず、全宇宙、時間と空間、生と死すらも同時に含有する。
何千年かかるかわからないが、人類の多くの人が①の状態になれたとき、空を体得していなければならないのだから、
生と死や時間と空間を超えることができる。
つまり僕らが死んだとしても、死から何千年経ったとしても、空にとっては全てが含有されているんだ。
その瞬間「誰のどんな人生も」肯定される。
新興宗教臭いかもしれないがこういった感覚があるんだから仕方がない。
言い方を変えると、「宇宙の意思で僕らは生きている」その意思ってのは①~⑤でなんとなく説明した。
だけど、いずれ⑤のような状態になったとき、全ての人のどんな人生でも肯定される瞬間が来るように思うんだ。
うーん、まとめたつもりが分かりづらいかもしれない。
でもこれが俺の得ている感覚なんだ。
そして最後に1つ言いたいことがある。
「なんかよく分かんないからテキトーに生きよう」って結論に至ることだ。
これは完全に間違っていると、俺の得た感覚では言わないといけない。
逆に「何がなんだか分かららなくても精一杯生きてみろ」ってのも、宇宙的な意思に感じるからだ。
いままで俺が言ったことを解釈すると必ずこういう考えする人が出てくるから一応、忠告しといた。
まぁ俺の話はこの辺で終わっておくよ。
ありがとな。
なかなか難しい話だったけど興味深かった
一は全、全は一だっけかハガレンであったな
まとめてくれたおかげで少しだけ理解できた、つもり
ありがとう、面白かった
あ、1つ言い忘れた。
俺のこの今までの語り口は悪い新興宗教とかが使う語り口にも近い。
つまり、全てを論理的に話しているようで最終的には「本人の得た感覚」に着地させているから。
論理的に話しているからある程度信頼してしまうが、その回答は「体感した本人だけが知っている」んだ。
ちょっとこれをイジると、「教祖様のみが体得している究極的で宇宙的な絶対的真理」ってことにもなる。
本人の得た感覚であるが故に外部の誰からも否定もできないし肯定もできないんだよな。
そうして特定の割合で出てくる、盲信者はその宗教にハマる。
当然だよな、自分では達することのできない所まで達している人が目の前にいて、しかも疑ってみようとして論理がある程度整ってるから論破できる人が限られてくる。
そして「この人が自分の人生の指針だ」ってなる人が一定数出てもおかしくない。
ってことで、変な宗教だけには気をつけてくれなお前ら。
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コメント一覧
※ 1.
私は名無しさん
2014年04月26日 19:42 ID:gr9n4gUR0 ※このコメントに返信する※
(e/d)
人生に意味を求めること自体おこがましい
人間だけが特別な生き物だと思い込んでるから
そういう考えを抱いてしまうんだよ
視点を変えると単なる欠陥動物にすぎないのにさ
結論から言うと何の意味も無いよ
消滅してしまった方が
地球上にいるほとんどの生命にとってプラスになるんだから
※ 2.
私は名無しさん
2014年04月26日 21:17 ID:tShhN5o60 ※このコメントに返信する※
(e/d)
話が無駄に長い。本当に無駄に。
中学生の頃の自分の日記のようだ。
※ 3.
私は名無しさん
2014年04月26日 21:19 ID:lCUh.Hbf0 ※このコメントに返信する※
(e/d)
※1
理由を求めてしまう人間の性を、単におこがましいと片づけてしまっていいのか。
その性質は恐らく人間にしかないから、そういう意味では特別だと思う。
※ 4.
私は名無しさん
2014年04月26日 22:27 ID:aMC53eMG0 ※このコメントに返信する※
(e/d)
人生を考えるのは、恵まれた環境にいる証拠とも言えるから
そうゆう意味でも特別だよ。
※ 5.
私は名無しさん
2014年04月26日 22:39 ID:S.qTjiNm0 ※このコメントに返信する※
(e/d)
理由を求めるのは生存に有利に働くからだ。
知識を得るのも同じ理由だ。
口語も文も経験から作られるために真実から大なり小なり誤差を生む。
結果と行動だけが真実である。
これ以上の事はデカルトが人生をかけて考察してくれた。
自分自身でしか認知できない世界だ。
好きに生きたら良いさ。ただ1の言う(全て肯定するという)事は、自身の慰めに使えるぞ。
たまには思い出すと人生に絶望しても幸せになれるよ。
※ 6.
私は名無しさん
2014年04月26日 23:27 ID:01q0vg680 ※このコメントに返信する※
(e/d)
他にやることが無いんだな・・いいなぁ
※ 7.
まりゅ
2014年04月27日 00:03 ID:CTVxEJPJ0 ※このコメントに返信する※
(e/d)
エデンには帰れないのだよ。もう、リンゴを食べてしまったのだから。
※ 8.
私は名無しさん
2014年04月27日 03:02 ID:J7gOhimV0 ※このコメントに返信する※
(e/d)
動物の生態を観察したほうが良い。
※ 9.
ふんスッ!
2014年05月02日 07:29 ID:q.oGXmnS0 ※このコメントに返信する※
(e/d)
死ぬために生きて、生きるために死ぬ
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